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家計の見直し

おでんの屋台で子供6人を育てたばあちゃん。みすぼらしい服を着ていたけど、お金の使い方は上品だった。

ばあちゃんは子供6人をおでんの屋台で育てた

3歳の時に、足立区綾瀬の3階建てのビルに引っ越しました。

1階に母方の祖母

2階に清川家

3階に親戚

だから、亡くなる18年間、いつも近くにばあちゃんがいた感じがします。

 

ばあちゃんの稼業は、おでんの屋台。

母も学生時代に父を亡くして、ばあちゃんは女手一つで子供6人を育てたそうです。

そのおでん屋を75才くらいまで、夜通しやっていました。

 

私が学校から帰って、ただいま!を言いに行くと、毎日みすぼらしい服を着ていました。

食べているものはいつも質素。

あまり旅行も行かず。

だから、うちと同じくお金ないんだなと思っていました。

でも、そうではなかった。

ここぞとばかりに人に施す

親戚が訪ねてきたとき、ディズニーランド全員分奢り。滞在費全員分奢り。

一度夜逃げをした知り合いが近くで店を出したときも、「これ使って」とお金を渡す。

小学校の時に、福島の民宿に旅行に行ったときがありました。

ただ、うっかりお金を持っていかなったんです。

サービスエリアでもどこでも、土産どころかジュースも買えない。

そこへばあちゃんがやってきて、「大の男が文無しは、心細いだろ」といくらかくれました。

京セラ稲盛会長の「ダム経営」は、ばあちゃんの方が先だと思います(^^;)

そんなばあちゃんだったから、近所のおばあさんたちがよく訪ねてきていました。

景気がよくても悪くても、いつもと同じ

私が3歳の時に引っ越した家は、母の実家があった場所でした。

古くからそこに住んでいたので、近所にお金持ちも何人か知っていたそうです。

不動産会社の一家が、ベンツに乗って、昔の携帯電話をもって、きらびやかな服装をしているのを見たことがあります。

私が小学生だった1990年頃、バブルの崩壊が起こりました。

近所のお金持ちたちは、こぞって消えました。

でも、ばあちゃんはいつもと同じようにおでんの屋台を引っ張って駅に行きました。

 

お金を稼いでも稼がなくてもお金の使い方はいつも一緒。

普段から必要以上に自分にお金を使うこともなく、訪ねてきた人や困った人に惜しみなくお金を出す。

だから、亡くなったときもたくさんの近所の方が訪ねてきてくれました。

身の丈に合ったお金の使い方

大正生まれで、子供6人をおでんの屋台で育てて、人に施しながらしっかり貯めておく。

稼いだ分だけ、贅沢をするのも個人の好みです。

ただ、いつもみすぼらしい服だったけど、人のために上品にお金を使うばあちゃん、かっこよかったな。

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